
長く話した人ほど、語彙が豊富なのでしょうか。難しい言葉を多く使えば、会話の評価も高くなるのでしょうか。日本語会話の「語彙の幅」を理解するには、発話した量、使った語の種類、語彙の変化、場面に合う使い方を分ける必要があります。
この記事では、転写から語彙を数える処理と、使い方を解釈する処理の違いを説明します。J-GRADEの実装を例に、どこまでが集計で、どこからが文脈に基づく判断なのかを見ていきましょう。
語数・種類・多様性・適切さは、別の問い
「語彙数」という言葉だけでは、何を数えたのかが曖昧です。まず、次のように問いを分けます。
| 観点 | 確かめること | それだけでは分からないこと |
|---|---|---|
| 延べ語数 | 語が合計で何回出たか | 同じ語をどのくらい繰り返したか |
| 異なり語数 | 重複を除いて何種類あったか | 発話量に対してどんな広がりがあったか |
| 語彙多様性 | 語の種類が系列の中でどのように現れるか | 意味や相手に合っていたか |
| 適切さ | その場面で伝えたいことに合う語を選べたか | 別の場面でも同じように使えるか |
次は、数え方だけを説明する架空の単語列です。自然な会話や実際の採点結果ではありません。「予約・変更・予約・確認・予約・変更」なら、延べ数は6、種類は「予約」「変更」「確認」の3つです。「予約」をもう一度加えると、延べ数は増えても種類は増えません。
ただし、繰り返しがあるから不適切とは限りません。予約内容を確かめる会話で、同じ対象を「予約」と呼び続けることには意味があります。数え方の説明と、その言葉を使った理由は別に読む必要があります。
日本語は「何を一語とするか」から決める
日本語の転写は、通常、語ごとに空白が入りません。語彙を集計するには、まず文章を分割し、名詞・動詞などの品詞や辞書形を取り出します。この処理を形態素解析と呼びます。
J-GRADEの語彙分析には、Sudachiという日本語の解析器を使う処理があります。Sudachiの公式資料では、分割の粒度を選ぶ機能や、表面に現れた形から辞書形を取得する機能が説明されています。SudachiPy公式README「Usage: As a Python package」
基本形化の考え方を示す架空の模式例なら、「借りる」「借りた」に現れる動詞を、どちらも「借りる」として集計する方法です。活用した形が違うという理由だけで、別の語彙を使ったと数えないための処理です。この例は実際の解析出力を再現したものではありません。
分割方法にも選択があります。複合語を長い一語として扱うか、複数の語に分けるかで、語数と種類数は変わります。辞書や分割条件が違う二つの分析結果を、そのまま同じ尺度の数値として比較することはできません。
J-GRADEでは、分割して辞書形にした系列を作り、名詞・動詞・形容詞・副詞などの内容語についても別に集計します。すべてのトークンを扱う集計と、条件に合う内容語の異なり数は、対象の集合が同じではありません。「何語あったか」を読むときには、この違いを確かめます。
MTLDは、語彙の変化を系列として見る
種類数を延べ数で割れば、異なる語が占める割合を求められます。ただ、短い返答と長い説明では、語を繰り返す機会も違います。一つの割合だけから、知っている語彙の広さまで読み取ろうとするのは無理があります。
語彙多様性を捉える手法の一つがMTLDです。原論文の抄録では、一定の語彙の変化を保つ語列の平均的な長さに基づく指標として説明されています。McCarthy・Jarvis(2010)「MTLD, vocd-D, and HD-D」
考え方としては、語を順に読み、種類数と延べ数の関係を追いながら、決めた基準に達するまでの系列を区切っていきます。単に種類の総数を示すのとは異なり、語が続く中での変化を数値にまとめる方法です。
J-GRADEの実装では、前処理後の全トークン系列でMTLDを計算し、内容語の異なり数とは別の値として扱います。前向きと逆向きの系列から計算する処理があり、短い回答では値を返さない場合もあります。値が出ないことを、そのまま語彙能力ゼロと読むものではありません。
MTLDは、場面に合った言葉を選べたかを直接判定する指標ではありません。また、原論文があることだけで、日本語の短い会話におけるJ-GRADEの評価精度が証明されたことにもなりません。本文で参照したのは、原論文の抄録にある定義です。
語彙リストにない言葉を、一括して難語にしない
語彙の特徴を見る別の材料として、リストとの照合があります。J-GRADEでは、内容語の異なり語を参照用の語彙リストと照らし合わせ、区分ごとの数と例を作ります。これは参照リスト上の分類であり、JLPTの公式出題語彙表や合格判定を意味しません。
リストにない語も、そのまま「高度な語」にするわけではありません。固有名詞か、別の一般語リストに含まれるかなどを分けて扱う処理があります。店名や地名が多い発話と、抽象的な内容を説明する発話を、単に「リスト外が多い」という理由で同じものと読まないための手がかりです。
照合で見つからなかったという事実は、その語が難しい、不適切、存在しないという証明ではありません。表記や読み、辞書の収録範囲にも関係します。集計の区分と、実際にどんな言葉が使われたかを一緒に確認します。
数値を渡した後、使い方をAIが解釈する
J-GRADEでは、語彙の集計値や語の例を、会話の特徴を説明するAIの判断材料へ渡します。場面と相手に合った語を選べているか、必要に応じて言い換えや説明ができているかを、発話と照らして記述する設計です。ここまでの説明は2026年9月時点の実装に基づきます。
たとえば、以下は窓口での説明を考える架空例です。「代替手段をご提示願います」と「ほかの方法はありますか」は、同じ方向の要望を表せます。どちらが適切かは相手との関係や場面によります。難しい語を含むという理由だけで、前者を高く評価することはできません。
また、知らない物の名前を「書類をまとめて留める、小さい金属の道具」と説明する架空例では、特定の名詞が出ていなくても、伝える工夫を観察できます。語の一覧だけでは、このような説明が会話の中で役立ったかまでは分かりません。
集計値は解釈の手がかりになりますが、集計する処理があるからAIの判断も完全に客観的になるわけではありません。J-GRADEでも、語彙指標だけから会話の総合到達級を決める構成にはしていません。
結果では、使えた語と説明のしかたを読む
語彙の結果を見るときは、「数が増えたか」に加え、何を説明する課題だったか、十分な発話量があったか、実際に使った語が目的に合っていたかを確認しましょう。別の話題で専門語が増えたことと、同じ場面で言いたいことを伝えやすくなったことは、分けて振り返れます。
次の練習には、「同じ物を無理に別名で呼ぶ」より、「名前を知らない物を説明する」「相手が分からなかった語を言い換える」といった案が考えられます。語彙の幅を、種類を増やすだけの目標にせず、伝えられる内容と結び付けてください。
J-GRADEは日本語の会話能力を判定するサービスです。J-GRADEのレポート例で結果の見せ方を確認できます。学校・企業での活用については、PLUS IMPACTのお問い合わせフォームへご相談ください。
